ハスクバーナ258Aミリタリー |
オフロード・モーターサイクルの雄として知られるハスクバーナだが、ここで紹介するモデルは少々毛色が違うもの。このモーターサイクルは1981年製のハスクバーナ258Aミリタリーというモデルで、その名のとおり軍用モーターサイクルです。市販エンデューロモデルをベースに開発されたが、興味深いのは軍用ということで、兵士が短い訓練期間で乗りこなせるようにオートマチックトランスミッションを採用したということ。
極少数を除き民間には販売されなかったので、現在コレクター所蔵のものは放出品をレストアしたものだろう。ただし、このモデルを契機にしてハスクバーナは市販オートマチックモデルを何機種か造ったので、パーツ互換性のおかげでレストア自体は難しくないようだ。民生仕様はエンデューロモデルで、あのマルコム・スミスがエルシノアを走らせたりした。
ハスクバーナ258Aとはどんなモーターサイクルか?なぜこの季節にこのバイクの記事を書いているのか?そのわけは、以下の動画を見てもらえば一目瞭然。
最初の動画は走りっぷりが気に入ったもの、ふたつめはマシン各部の様子がよく判るもの、最後のヤツは「いい年したライダーが、とても楽しそうにしてる」ってところに共感を感じた動画。ちなみに最後のヤツの主役はJAWA(ヤワ)やDKWのミリタリーバイクの方がたくさん出てくるのです。これらはオートマじゃなくてハンドシフトです。悪しからず。
なぜオートマチックなのか?
その理由は、前述のように短いトレーニング期間で乗りこなせるということが必要だったからだが、スウェーデンというお国柄から氷雪路でも走行できること、重装備の兵士が険しいオフロードを進む際の労力を低減するという重要な目的があった。
2輪車は軽量なので力学的には雪上でも充分な機動力がある。ノビータイヤにスパイクを打てば凍結路も走れる。しかし実際に2輪車で滑りやすい氷雪路を走るのはチャレンジだ。なにしろスリップする。特にスパイクタイヤを使う場合には、理論的には少々空転している方が良好なトラクションが得られる。問題は空転が激しいとタイヤの横力が奪われて尻振り状態になったり簡単に転んでしまうこと。
そこで考案されたのがアウトリガー方式のスキーを装備することだった。モーターサイクルとスキーの組み合わせが試されたのはこれが初めてではないのだが、標準オプションとして量産モデルに採用したのは、この258Aミリタリーが最初。ライダーが足を載せて操作するこのスキーは、フレームのダウンチューブを支点にスイングする(前後には動かない)構造で、非使用時はリターンスプリングで上方に保持されるようになっている。
ライダーは両足でスキーに加重することで、駆動輪が空転しても横滑りすることを防止できる。これによりトラクションを得やすい最適な滑り率が利用できるわけだ。スキーは滑走面にプレス加工のランナー(方向安定を保つためのガイド)を備えているので、ライダーはトラクションを増すために後輪に加重したり、方向安定を保つためにスキー加重にしたりという操作が可能。こういうことが可能なのは、もちろん左足をシフト操作から解放したオートマチックトランスミッションのおかげ。
スキーがもたらす絶妙の操縦安定性
「そうはいっても、普通のエンデューロバイクに乗る上手なライダーが足を着いてバランスするのと変わらないでしょ?」と思う人もあるだろう。「雪道走るとフロントが逃げたり、リアがスライドして上手くコーナーは曲がれないよ」という経験を持つ人もいると思う。でもアウトリガー・スキーの効果は、ただの足つきとは走行力学的に全然違うのだ。これが実に面白い。
スキーにはランナーが付いているので、加重すると方向安定性が増す。スキーはフレームのダウンチューブ(重心やヨーセンターよりも前方)にマウントされているので、旋回中に加重するとフロントが逃げることを妨げる抵抗力になる。フロントが外に逃げてハンドルが切れ込んでしまう動きに陥っても、内側スキーへの加重とステアリング操作によってリカバリーしやすい。テールスライド状態ではスキーのランナーには横滑りに対する抵抗力が発生する。大きな横滑りに対してスロットルを戻して対処する時には、スキー加重を更に増せば、リアから加重を抜いてグリップ回復を計りやすい。
グリップ回復の仕組みは、内側スキー荷重を増す操作が、ハンドルバーを支点にして、リーン状態の車体を引き起こすモーメントでもあることも関わっている。後輪のジャイロ効果を考えると、リーン状態から起こす動きは、リアタイヤに外回りのモーメントを生む(ジャイロプリセッションです)ので、大きなスライドからも立ち直りやすい。もちろん車体に働くヨーモーメントはスキーのランナーがあるおかげで適度に減衰されるわけだ。
ライダーが足を着いてできることは、ほんの一瞬バイクを支えるだけ。ところがスキーを使えば、ただ足を着くよりもずっと大きな力で終始加重をコントロールし続けられる。さらに挙動を穏やかにしてくれるヨー減衰(これはランナーの方向安定性による)効果も期待できる。これがアウトリガースキーの秘密。
ハスクバーナのオートマチックトランスミッション
258Aの4速オートマチックは4組のギアセットと4個の遠心クラッチから成るもの。遠心クラッチのうちプライマリ-・アウトプット上にある1個が発進用のクラッチ(ここはカブのようなシュータイプ)で、そのハブには1ウェイのフリーホイーリング機構が備わる。残る3つの遠心クラッチはコンパクトなのもの(現物を見たことがないのだけれど多分スクーターのバリエーターみたいなボールランプ式)で、これが車速に連動して1-2速、2-3速、3-4速間のシフトを司るドッグを動かす。シフト操作は以下のように行われる。シフトアップ時は一瞬スロットルを戻すとプライマリーに備わるフリーホイーリング機構が駆動力を切る。すると変速用の遠心クラッチが、車速に応じたギアへと変速される。減速時はフリーホイーリング状態なので、各ギア用の変速用クラッチによって自動的にシフトダウンされる。
要するにギアは車速によって常時自動的に選択されるという構造。ミッションに大きなトルクが掛かっていると変速されないので、加速シフトアップにはスロットルを戻す必要があるが、それ以外は完全にシフト操作を意識しなくても自動で最適なギアが選ばれる。だから走行中深い泥にはまって不意にスローダウンしても、ちゃんと下のギアにシフトされているからストールしないのだ。弱点はフリーホイーリング機構が必須の構造であるため、エンジンブレーキが効かないこと。
なおミッションケースには小さなレバーがあって、始動時などにシフトドッグがどのギアとも噛み合っていないニュートラル状態にできる。これにより常時噛み合い式のギアボックスは、アイドル回転を少し上げてやれば極寒時でもウォームアップすることができるわけだ。
エンデューロバイクとオートマの関係
258Aは氷雪の中はもちろん、雪解けの深い泥に覆われた林間や、極地方に特有の湿地など走行困難な場所を走破するためにオートマチックトランスミッションを採用した。バタ足でもがく時や、バイクを押しての脱出でも、クラッチ操作から解放されることでライダーの負担は随分低減される。また荒れたヒルクライムの途中で失速してしまっても遠心クラッチなのでエンストはしないし、リカバリー時にはちゃんとローギアに入ってるのが有り難い。
オフロードでは腕力を使い果たしてしまうことが多いが、オートマならクラッチ操作が不要でハンドルバーに力を込めやすいから、延々と丸太や木の根を越えて進むようなときにも心強い。なぜ最近のオフロードバイクにはオートマがないのか?と思っていたら、ちゃんとそういうアフターマーケットパーツが開発されていた。Rekluseという会社が造ってました。そのCore EXPという製品は遠心クラッチでエンスト知らず、クラッチ操作なしでスタック脱出でき、それでいてクラッチレバーを握ればマニュアルクラッチ操作が優先されるというオールマイティぶり。必要は発明の母、こういう製品を作る人は必ずいるのですね。
Ruklse CoreXEP |
E Shifter |
でもこれじゃあシフト操作は相変わらずフットペグに足を載せてないとダメだから、258Aのようにアウトリガー・スキーを使うのは無理だなぁと思っていたら、ちゃんとそちらも良い製品が開発されてました。ドラッグレーサーなんかで使われる電動シフターでE Shifterというもの、ちゃんとオフロードバイク用というものが造られてます。これだとハンドルバーのスイッチでシフトできる。今では258Aなどのオートマチックのハスクバーナを入手するのは難しいけど、現代のハイテクパーツを使えば、アウトリガースキーでのスノーランも夢じゃない!こりゃやってみたいね。
これらのパーツを購入可能なサイトのURLは以下。
そういえば、リアブレーキはどうなってるのか書かなかったな。ATVなんかと同じように、リアはフットペダルでも、ハンドルバーの左レバーでも使えるようになってます。だから雪上では手でリアブレーキも操作します。足より上手にコントロールできますね。
返信削除現代エンデューロマシンを改造する場合でも、ちゃんとハンドルバー左にブレーキレバーを追加するキットが存在します。これはエクストリーム系競技の流行で、いくつかのパーツ屋さんが造ってますね。