2011年2月3日木曜日

「寒い」を科学する 防寒の仕組み

基礎編では伝導・対流・放射という3要素を取り上げた。熱の正体がどんなものか?熱はどのように伝わるのか?というイメージが湧いたところで、次は寒さを防ぐ断熱の仕組みと、防寒には何が重要なのかという話だ。これは冬のアウトドアで使うウエアを選ぶ上で、とても大切な知識。
断熱とは熱の移動ペースを下げること
ダウンジャケット
前回書いたように、熱は温度差がなくなるまで移動を止めないので、冬の外気と体温の差を考えれば、何も対策をしなければ体温の低下は避けられない。ただし人間は生命活動という熱源を持っているので、効果的な断熱策を講じて熱の移動ペースを下げてやれば、体の表面は一定温度に保温できる。これには熱伝導率の低い衣料を着用するのが一番。さらに、接しているもの同士の温度差が小さいと熱の移動ペースが低下するので、レイアード(重ね着)で複数の層を作るのも有効。


空気で断熱保温
防寒を考える最初のポイントは熱伝導率の違い素材である空気を利用すること。基礎編で例に出したように、空気はとりわけ熱伝導率が低い。防寒ウエアはこれを利用している。例えばお馴染みの羽毛(ダウン)製品は、ふわふわの羽毛(綿毛)を詰めものにして、体と冷たい外気の間に空気の層を造って、その高い断熱効果を利用している。
ダウンは非常に細かな綿毛であり、しかも適度な反発力を持っている。反発力のおかげで復元性が高く、緻密に織られた薄いナイロン繊維のシェル(外皮)の中に詰められると、大きなロフト(嵩)を造り出す。これによって衣料に厚い空気層を与えることができるわけだ。
ダウンは蓄えた空気で厚い層を作り出すだけでなく、その綿毛の構造のおかげで、シェルの中で空気を動かさないよう仕切りとして機能する。これによって、前回書いた対流によって熱が移動することも妨げて、より断熱効果を高めている。
シンサレートジャケット
断熱材としてダウンと並んでポピュラーなのがシンサレート。極細の化学繊維を造れるようになった30年ほど前から登場し、現在は断熱材の主役になった。シンサレートは主成分がPP(ポリプロピレン)とポリエチレン(正しくはポリエチレン・テレフタレート)繊維からなる不織布で、その両者の比率や少量配合されるポリマーの種類は用途によって多少異なる。
シンサレートも羽毛同様に断熱の仕組みは空気を貯め対流を妨げるもの。断熱性を嵩や重量比で比較するとダウンが少し勝るのだが、同じ厚みでの断熱性能はシンサレートが上回る。つまりモコモコ嵩張らないウエアが造れるわけで、体のさばきの良いスリムなシルエットになり運動や作業に適する。
防風性が断熱効果を高める
前回、熱の移動を早めるものとして対流の話をした。アウトドアでは空気の大きな対流、つまり風が熱を奪う大きな要素だ。いくら衣服が厚い空気層を持っていても、そのシェルが風を通したのでは対流によって熱の移動が大きくなってしまう。防寒には目の詰まった風を通さないシェルを持った衣料を選ばなくてはならない。

忘れてならないのが透湿性
フリースにも透湿性がある
ただ物を保温するのなら断熱性の高い素材で包めばよいのだが、ここで保温するのは人間だ。人体は常に発熱しており、その体温を一定に保つために汗をかくようできている。汗は汗腺から少しずつ放出され、水蒸気となって熱を外気へと発散している。
汗をかく量は体内の温度が高まると増えので、運動したり食事をしたりすると発汗が多くなるが、特に暑いと感じる場合に限らず、ほぼ常時汗は出ているものなのだ。実はこれが防寒を考える上で問題になる。
汗が水蒸気として外気に発散されていれば良いのだが、これが衣服の中で滞留すると都合が悪いのだ。滞留して湿度が増し、外気に冷やされると水蒸気は水に姿を変える。つまり衣服と体の表面が濡れるわけだ。水は熱伝導率が高いので体温を急速に奪ってしまう。さらにこの水が蒸発する気化熱というカタチでも体温が失われる。
だから汗は水蒸気のまま衣服の外に放出されないと、防寒上都合が悪い。そこで防寒衣料には水蒸気を逃がす機能、透湿性が重要になるわけだ。断熱の決め手である空気層は水蒸気を通す。だから断熱層を包んでいるシェルに充分な通気性=透湿性があることが必要というわけだ。
さらに大量の発汗では、皮膚表面が濡れることは避けられない。濡れれば皮膚表面は急速に冷えるので、皮膚に触れる下着は皮膚から水分を吸い上げて皮膚をドライに保つ機能が必要。しかも下着が濡れていてはそこが冷えるので、吸い上げた水分をポンプのように外側の空気層へと排出しなくてはならない。
水を吸って排出するという一見矛盾する仕事をうまくこなす素材がPP(ポリプロピレン)繊維の下着だ。PP素材自体は吸水性が無く、PPファイバーはそのミクロの表面形状によって水分を吸い上げる。吸水性がないので速乾性が高く、水分を排出しやすいのだ。アウターに着るシンサレートのウエアも同様の性質なので、発汗による濡れを防止する機能が高い。

防寒着にはベンチレーションも重要
ピットジップの例
じっとして動かない時と活動中では、体の発熱量が大きく変わる。運動をするときには衣服を一枚脱ぐなど、保温機能の調整をする必要がある。防寒着はレイアード(重ね着)が基本というのは、この調整を行うため。
しかし運動による体温上昇や発汗は、体の部位によってばらつきがある。そのため寒冷地では単純に一枚脱ぐという方法では、丁度よい具合に温度調節できないことも多い。そこで必要になるのがベンチレーション機能だ。運動時に発熱・発汗の集中する部位は、首や胸元、腋の下、ズボンのまたの部分だから、ここを開放換気してやれば、熱も水蒸気も効果的に排出できる。
最新のアウトドア用ジャケットでは服の前ジッパー開閉するだけでなく、ピット(腋の下)ジップを備えたものが主流になってきた。またオーバーパンツはサイドがダブルジッパーになっていて、一部分を開いておけるものが多い。パンツの場合サイドを解放してしまうと足さばきの邪魔になるので、開いた裏がメッシュ素材になっていてダブダブしないような工夫のある製品もある。

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